リーリーとシンシン

僕は、去年の春から原宿のグラフィックデザインの事務所でアルバイトとして働いている。

 

滋賀の美術大学に通っている時から、卒業制作の合間を縫ってはポートフォリオ作りに精を出していた。

いくつか広告代理店を受けたのだが、全て書類審査で落ちてしまった。

独学で勉強したデザインだが、架空の本の装幀を作成してブックレットにまとめたポートフォリオはそれなりに自信があっただけに、書類審査の段階でふり落とされることには、いささか気が滅入っていた。

 

それでも腐らずに、小さなグラフィックデザインの事務所に、どうにか面接して欲しいと電話をかけまくった。

その甲斐あって、一つの事務所から面接してもいい、との返事をもらった。

それが、今の事務所である。

 

社長との一対一の個人面接だったが、社長は僕のポートフォリオはパラパラと見ただけで、あとは自分の手がけた写真集の自慢がほとんどであった。

 

今、売り出し中のアイドルの写真集をテーブルの上にずらりと並べ、

「このメンバーでグループ作ったら、やばくない? ねえ、やばくない?」

と息を巻き、その仕事ぶりに自分で興奮を覚えていた。

 

僕は、そんな面接でもどうにか引っかかって欲しいと思い、自分のポートフォリオを握りしめながら、社長の話を満面の笑顔で聞いていた。

社長の軌跡ともいうべき数多くのアイドル写真集の説明を永遠と一時間くらい聞いた後、

「あっ、でも、他に可愛い動物の写真集なんかもやるよ」

と言い、アシスタントらしき女の子に手招きをした。

 

僕は根っからの動物好きだったので、この言葉には大きな期待をした。

そして、アシスタントの女の子が何冊かの写真集を持ってきた。

 

カワウソの写真集、ハシビロコウの写真集、ビックフットの写真集、インドカッパの写真集、ネッシーの写真集とある。

 

僕は、最後の方は動物でもないな・・・と思ったが、笑顔で

「すごいですね! カワウソ、可愛い!」と言い、他の写真集のことは無視してやりすごそうと決めた。

 

しかし、社長はすかさず、

「このインドカッパの写真集、どう? 全てCGで作ったから三ヶ月くらいかかっちゃってさー、大変だったよ!」と言い、アシスタントの女の子に向かってパチンと指を鳴らして見せた。

 

僕は、CGって・・・もはや写真集でもないな、と思ったが、その言葉も喉の奥深くに飲み込んだ。

 

それから社長は、急に真剣な顔になり、

「君は、想像力あるほう?」とおもむろに聞いた。

 

「想像力・・・ですか?」

「そう、想像力。ないと、ここでは大変だよ。だって、この写真集だってインドカッパだぜ。そんなの日本でも見たことないし、インドのカッパなんて想像もつかないでしょ? クライアントから言われたヒントは、ガンジス河にいることだけだったんだぜ。そのオリエン、五分で終わってアシスタントと二人で呆れちゃったよ」

「そう・・ですね。想像力、あると思います(多分)」

僕は、東京まではるばる面接に来て、こんなことで引き下がれないと思い、自信ありげにそう答えた。

 

「うん、いい目だ。君は想像力のある目をしてるね」

と言いながら、社長はまたアシスタントの女の子にウインクをした。

僕はホッと胸を撫で下ろし、再び写真集を興味ありげにめくり始めた。

 

社長は、ビックフットの写真集の表紙については、

「これは断っておくがCGじゃないぜ! 予算があったから着ぐるみを作らせて、あの子、ホラ、あの女の子が着て撮ったんだよ!」

と言い、アシスタントの女の子に向かって指指した。

 

女の子が「あれは最悪でした。真夏で超暑くて蒸し風呂みたいだったし。ビックフットって普通、雪山にいるんじゃなかったですか?」と言うと、

「まあまあ、そんなお堅いことは言いっこなしでお願いしますよ。サユリちゃん」と言いながら社長は、ビックフットの写真集を無理やり綴じた。

 

「じゃあ、いつからこれる?」

 

 

 

ということになって、僕はこの事務所で働き始めた。

そして、一年が経とうかという今、ようやく待望の「動物」の写真集の依頼が来た。

初めて、この話を社長から聞いたときには本当に心が小躍りした。

 

一週間前、興奮気味の社長が、僕が出社するなり、僕の腕を掴み、

「高木くん、動物好きだったよね! ついに来たよ、動物の写真集の仕事!」

「えーー!! 本当ですか!!」

「マジだよ! やばいよ! だってパンダだぜ! 上野のパンダ! リーリーとシンシン!」

僕は嬉しくて、飛び上がりそうになった。

上野のパンダは、わざわざ三時間の行列に並んで見に行ったこともあるほど好きだったのだ。

 

「ありがとうございます!」

「いやー、本当に良かったよ。いつもアイドルの写真集ばかりで飽きてきた頃だと思っていたからさ。最近は高木くんも頑張っているから、このデザインは高木くんにデザインを任そうかと思っているんだよ」

 

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 

僕は、一年前の面接のことを走馬灯のように思い出し、インドカッパやビックフットの写真集を眺めながら頑張ってきたことを思うと、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるようだった。

 

僕は意欲に燃え、パンダの写真集の写真素材が届くのを心待ちにした。

 

 

 

  • 一週間後

 

 

そして今、僕はパソコンの前に座り、リーリーとシンシンの写真をただただ呆然と眺めている。

 

 

僕はこの仕事に一世一代の気合を込めて頑張ろうと心に決めていた。

僕の心は踊っているだろうか?

この写真集が発売されれば、きっと故郷の親も喜んでくれるだろう。

僕の心は踊っているだろうか?

 

 

パソコンの中で、リーリーとシンシンの写真は、一つの同じフォルダに収まっていて、データの名前はただの番号であった。

僕には全くと言っていいほど、リーリーとシンシンの違いがわからなかった。

これでは、デザインどころの話ではない。

 

何度も何度もカメラマンに、リーリーとシンシンをフォルダ分けしたデータはありませんかと聞いたが、「メンゴメンゴ。なんか、耳が若干離れている方がリーリーらしいよ。あっ、シンシンかも」なんて曖昧な発言をしている。

社長も「得意の想像力でなんとかして」の一点張りだ。

 

 

見れば見るほど、僕にはリーリーがシンシンに、シンシンがリーリーに見える。

 

 

先ほど届いたカメラマンからのメールには一瞬期待をしたが、一行だけ

「パンダは泥や笹の葉でめちゃくちゃ汚いので、高木くんの方で、白く綺麗にしてあげてくださいね。手を抜いちゃだめよ♡」とだけ書いてあった。

 

僕の心は踊るどころか、無限の不安と重圧に押しつぶされそうになっていた。

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