告白交差点

僕は放送作家を生業としている新庄タモツ。

まだまだ駆け出しなので、テレビは勿論、マイナーな地方のラジオ番組の仕事くらいしか回ってこない。しかし、最近ではネット番組やCSスカパー、ユーチューブなどが流行り、任される仕事にも幅が出てきた。

 

今日も、ネタ探しに渋谷に向かう途中である。

放送作家の先輩から、渋谷TSUTAYAの二階にあるスターバックスはネタの宝庫だと聞いていたので、休日になると足繁く通っている。

 

今日のスタバは、いつにも増して人が溢れかえっていた。

何かの雑誌で読んだ統計によると、ここのスタバが全国で客員数ナンバーワンらしい。今日も、その王者の貫禄を見せつけるような賑わい方だ。多種多様な人種が各々の時間を楽しんでいる。

 

僕は、その中でも一組の女子高生グループに目をつけた。

なぜなら、女子高生の情報収集能力は群を抜いて速いからだ。これも先輩からの受け売りで、あくまでも新庄タモツ調べではない。

しかし、意識高い系ライターの僕は、まずマネタイズに力を入れ、先輩の言うことを全て真似していくべきだと思っている。そこに自分のオリジナリティは不要なのだ。

 

女子高生の一人は、髪は茶色に染め、カラフルなビーズのブレスレットを何個も腕に巻き、スカートの丈は短く、エナメルのローファーを履き、ケイトスペードのトートバックを持っている。

もう一人の女子高生は、制服の丈はごく普通だが、赤色のスカーフには英国の国旗や自由の女神などをあしらった、たくさんのピンバッチがつけられている。顔も可愛く、読者モデル風の高校生である。

最後の一人は私服であったが、「DETROIT」と書かれた黄色い大きめのトレーナーにスパッツを履き、いかにもダンサー風である。

この多種多様なスタバの客の中でも一人一人が個性的で、いかにも流行の最先端をいってます、といったグループだ。

 

僕はシメシメと思い、彼女たちの隣の席に何気なく座り、聞き耳を立てた。

 

彼女たちはまず、三十分ほど軽く米津玄師がビデオクリップで履いていたハイヒールについて話し合い、

「米津玄師は、もはや何をしてもスタイリッシュ」との答えに落ち着いた。

 

これは使えないなと思い、改めてメモ帳をコーヒーの裏に隠しながら、彼女たちを耳だけで監視した。

 

それからは、羽賀研二の素行についての時事ネタが始まり、梅宮辰夫以外にも彼の素行の悪さに気づいていた者がいたかどうかのディベートが始まった。

結果は、いたかもしれないが梅宮辰夫の「彼こそ、稀代の悪じゃ」と言ったセリフを超えるものはなかった。というものだった。

 

またしても使えないネタだ。僕はもっと、一般的に身近にあるネタを探していた。例えば、都市伝説のような噂を聞いて、実際にその場に行って体験してみると言った、「使えるネタ」が欲しかったのだ。

 

すると、僕の心の声が聞こえたのか、女子高生たちは再び話し出した。

 

「ねえねえ、知ってる? とある交差点で愛の告白をすると絶対に失敗するっていう噂」

「何それ、本当!? 超怖いんだけど」

 

僕はテーブルの下で小さくガッツポーズをした。

それそれ。そんなネタが欲しかったんですよ、ワタクシは。

 

「どこなの? その交差点」

「実は・・・渋谷なの」

「えー! そうなの? そんな交差点あったっけ?」

「百パーセントの確率で断られるらしいよ。というか、告白してなかったかのように対応されるらしいよ」

「何それ、怖い・・・・スルーされるってこと? もしくは記憶を消されるとか」

「私も半信半疑だったけど、そうかもしれない。告白した時は時間がスローモーションのように感じるらしいし」

「なになに・・・超怖いんだけど! 時空が歪んでんの!? その交差点は」

「Xポイントかもね。その歪みから宇宙人の負の音波が出てるのかも」

「マジ!?・・・ムーの世界じゃん」

 

今時の女子高生が「ムー」の存在を知っていたのにも驚いたが、これはなかなかのスクープだ。ネットサーフィンに一日五時間を費やすほどの僕でも、この情報は初めて聞いた。しかも、今まさに渋谷にいることも奇遇である。このまま誰よりも早く現場検証ができる。

 

僕は、飲みかけのコーヒーをゴミ箱に投げ捨て、彼女たちに三本のチュッパチャップスを手渡し、

「その交差点って、どこの交差点?」と聞いた。

すると、ダンサー風の女子が、

「マジ、こんなもんで釣ろうっての? ダサ」と僕の頭をポンポンしながら言ってきた。

「ウチラの情報網、そんなに安くないよ」エナメルローファーの女子が言うと、

「そうそう、家帰ってピルクル飲んでな」と読者モデル風女子が畳み掛ける。

 

僕は、急遽浴びせられた罵詈雑言の数々におののきながらも、山﨑賢人君の限定プロマイドを机の上に置いた。それはいざという時の為の、とっておきの手であったが、一秒でも早くこの場を逃げ出したかったので、ついつい出してしまった。

 

それを見た女子高生たちは、

「うっ・・・卑怯だなコイツ」

「言うしかねえな」

「お見それしました」

と言い、渋々、交差点の場所を教えてくれた。

 

答えは、なんてことのないパルコの角の交差点であったが、最後に一つ重要なヒントも教えてくれた。

それは、午後六時きっかりに告白すると、必ず告白が失敗するということだった。この情報は非常に助かる。何時間かその場所に張り込まなければならないと覚悟を決めていたからだ。

僕は、彼女たちにお礼のジョジョ立ちを披露してからスタバを足早に出た。

 

条件が揃ったということで、僕はスマホをポケットから取り出してTwitterを開けた。

こういう時のために毎日毎日記事を更新して、僕のフォロワーは五万人に差し掛かっていた。僕が一言つぶやけば、何人かの若者たちは面白がって動くはずだ。それが若者の暇さと、性なのである。

 

「渋谷のパルコの角の交差点で午後六時に告白すると、宇宙からの見えない力で、必ず振られるらしい。今日の都市伝説」とつぶやいた。

あとは、今日の六時に現場に行ってビデオを回すだけだ。

これで、リアルな映像が撮れるはずだ。僕は久々のヒット企画の気がして、胸が高鳴った。

 

 

早速、友人の撮影カメラマンを呼び、これまでの経緯を話すと、気前よく話に乗ってくれた。

 

そして六時十分前になると、パルコの交差点の電柱の陰に隠れて、僕たちは告白する男女ペアを待った。

すると、ベージュのトレンチコートをはおり、細縁のメガネをかけた青年が小さな花束を持って交差点に現れた。

これは完全に「告白」だなと、僕たちは固唾を飲んだ。

しかし、必ず振られると言われている場所にノコノコとやってくるなんて、なんてハートの強い奴かと思ったが、よく見れば、彼の眉毛は柳のように垂れ下がり、いかにもひ弱な男の顔をしていて、体も細くて今にも風で飛ばされそうである。

 

僕たちは、彼は罰ゲームか何かでこの場所に来たのかと罪悪感を覚えたが、当の本人は至極本気のようである。もしかして、友人から、必ず成功する交差点だと嘘の情報を教えられたのかもしれない。

どちらにせよ、僕はこの情報を拡散した責任を取る覚悟で、しっかりとこの告白を目に焼き付けようと集中した。

 

やがて六時前になると、一人のロリータファッションに身を包んだ、ポッチャリめの女の子が現れた。

パルコ近くの交差点なので、行き交う人々でごった返しになってはいたが、彼女は一目散に、花束を持った青年の方に歩いてきた。

彼は彼女に気がつくと、すかさず、自分のしている時計に目をやった。

 

まさに今だ! と、彼は思った。

震える自分の足に一撃パンチを打ちこみ、足の震えを止めた。そして、大きな声で言った。

 

「・・・・・・・・・・・・・なんだ・・・・・ってください!」

 

ん・・・・・・?

僕たち二人は顔を見合わせた。

何かの騒音で、全く彼のセリフが聞こえなかったのだ。

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、すぐに再び、あの騒音が交差点に響きわたった。

 

「バニラー バニラー 高収入のバニラー」

 

騒音の正体は、女性の高収入バイトの宣伝カーから聞こえる爆音アナウンスだった。

宣伝カーは、そのまま東急ハンズの方へと爆音を鳴らしながら進んでいく。

やがて僕たちの視界からも消えてしまい、信号が青に変わると、交差点には青年とロリータの彼女だけが残った。

 

僕たち二人はその状況に唖然としていたが、彼も花束を掲げながら呆然と立ち尽くしている。

僕は、あの女子高生たちに一杯食わされたのだ。せっかくの奥の手である山﨑賢人君のカードまで使ったのに・・・と怒りもこみ上げてきた。

友人のカメラマンは「しょ〜もな」と言って、カメラを鞄にしまい、駅の方へと歩いて行ってしまった。

 

僕が自分の失態に怒りを感じながら渋々と帰ろうとすると、青年がもう一度、最後の力を振り絞って告白しようとしていた。

 

「あ・・あの・・・僕は・・・」

 

彼のソプラノヴォーカルのように甲高い声が交差点に響き渡るその瞬間、ロリータの彼女は、彼の口に手の平を押し当てて、

「わかってる。ありがとう」

と言って、青年の手を両手で暖かく包み込んだ。

 

彼は今にも泣きそうであった。

そして二人は、交差点の向こうのウェンディーズに仲睦まじい様子で入って言った。

 

僕は、「なんだそれ。しょうがない、山﨑賢人君のカードはくれてやるか」

と言ってTwitterを開き、

「彼の言葉は本当は聞こえていたのか、それとも本物の愛には言葉など不要なのだろうか」という、謎のメッセージをつぶやいた。

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